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フレデリック・テイラー

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか
P・F. ドラッカー (2000/07)
ダイヤモンド社
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いつもお読みくださって、どうもありがとうございます。
今回ご紹介するのは、P・F. ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」です。
この本は、「はじめて読むドラッカー」シリーズの【自己実現編】です。
この本の中で、私がとても興味を持ったのは、フレデリック・テイラー(1856~1915年、アメリカ)という人物です。この方について、今回ご紹介したいと思います。

テイラーは、裕福な家庭に育ちながら、弁護士を目指していたのですが、病気のため断念し、工場で働くことになりました。そこで彼が見たものは、資本家と労働者が憎しみあっている状況でした。
そこで彼は、「生産性向上の果実を享受すべき者は、資本家ではなく労働者である」との考えから、労働者がより多くの収入を得られるようにするために、その生産性の向上に取り組んだのです。彼の動機は、資本家と労働者が、生産性の向上に共通の利益を見出し、知識を仕事に適用することによって、調和ある社会をつくることでした。

そしてテイラーは、工場の仕事を分析し、一連の単純反復活動に分解できるとし、誰でも習得できるようにしたのでした。この手法は、サイエンティフィック・マネジメント(科学的管理法)と言われています。

しかし、このことは、当時の労働者側からも、資本家側からも、猛反発を受けることになってしまったのです。

ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」には、次のように書かれています。
「知識社会に関わる歴史において、テイラーほど大きな影響を与えた者はいなかった。だが、彼ほど意図的に誤解され、その言葉が誤用された者もいなかった。彼がそのような扱いを受けたのは、彼が正しく、他の知識人が誤っていることが事実によって証明されていったからだった。
たしかに、砂をシャベルですくうというテイラーが分析した仕事は、当時の教育ある者にとっては、重要と見ることはもちろん、評価することさえできないものだった。しかし、主としてテイラーを貶めた原因は、まさに彼が仕事の研究に知識を適用したことにあった。それは、特に当時の労働組合にとって、異端そのものだった。そのために労働組合は、テイラーに対し、アメリカの労働運動市場もっとも悪意にみちた人身攻撃を展開した。」

しかし、テイラーのなした仕事のおかげで、生産性が爆発的に増大することになりました。

それまでは、熟練工の養成には三年から五年はかかっていたのですが、テイラーの方法論を導入することによって、わずか数ヶ月で第一級の工員を養成することができるようになったのです。

同書には次のように書かれています。
「テイラーが知識を仕事に適用した数年後、肉体労働者の生産性が年率3.5%ないし4%で伸び始めた。この数字は、18年で倍増することを意味した。その結果、あらゆる先進国において、テイラー以降から今日までに、生産性は約50倍に増加した。この前例のない生産性の伸びが、先進国における生活水準と生活の質の向上をもたらした。それら先進国における生産性の伸びの成果の半分は、購買力の増大、すなわち生活水準の向上をもたらした。三分の一は、自由時間の増大をもたらした。」

つまり、テイラーは資本家と労働者が対立するという資本主義固有の矛盾をなくすことに多大な貢献をしたのです。これをドラッカーは、「生産性革命」と呼んでいます。

・・・・次回につづきます。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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フレデリック・テイラー (Frederick Winslow Taylor, 1856年3月20日 - 1915年3月21日) は科学的管理法の発案者。フィラデルフィアの裕福な家庭に生まれた。テイラーは、弁護士であった父の跡を継ぐために、ハーバード大学の法学部に入学。しかし、病気により、弁護士を断念。 1874年に、機械工見習いになり、工場条件の学習をした。エンジニアとしての資格を得た彼は、1878年?にフィラデルフィアの Midvale Steel Company に作業者として就職。6年の間に "Taylor Shop System" と呼ばれる科学的管理法の実践により、労働コストの削減をおこなった。その功績により、主席エンジニアにまでなっている。

管理を再編成する彼の最初の試みは、ベスレヘム・スチールにおいてだった。しかし、他の管理職との対立から、1901年に会社を去ることを強いられた。その後、彼は名著『Shop Management』を書く。1906年から1907年までの間、テイラーは機械学会の代表を務めた。

テイラーの科学的管理法がアメリカ全土に広まるきっかけとなったのは、1910年に Louise Brandei とともに、鉄道運賃の上昇を抑えるために現場、管理双方のムリ、ムダ、ムラを除去したことだった。1911年に著書「科学的管理の原理」を出版。

テイラーには、信じていることがあった。

* 今の管理者は、素人であり、学問として研究されるべきである。
* 労働者は協力するべきである。また従って、労働組合を必要としないだろう。
* 訓練されて資格のある管理者と、協力的かつ革新的な労働者の間の協力によって、最良の結果が得られる。管理者は、協力的かつ革新的な労働力が、労働者側は、訓練されて資格のある管理が必要である。

フランス人のペロネ(Jean-Rodolphe Perronet)やイギリス人のバベッジ(Charles Babbage)が、1800年ごろに時間設定の実践をはじめていたといわれている。しかし、作業分割(job breakdown)を行い、要素ごとに時間研究(time study)を行うという方法を確立したのは、テイラーである。テイラーは、製造工程における作業時間をストップウオッチを用いて計測して、作業の標準化を図った。
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